子供の頃から「サカナ好き」だった。
将来の夢は?と聞かれ、小学校就学前は「薬屋さん(=病院で
出してもらえる甘いシロップ状の薬が好きだから)」、小学校
低学年の時は「タクシーの運転手(=クルマに乗るのが好きだ
から)」、小学校4年の頃の将来の夢には「漁師」と書いた。
…それなりに勉強はできる子供だった。であるからして小学校
4年にもなれば「第1次産業に従事する事はねぇだろうな」とは
思っていたけど、でも「夢」として魚と戯れたいと言うのは
あった。
色々経て、
現在に至る。薬屋さんでもタクシーの運転手でも漁師でも
無い職業に就いている。今、一念発起してそれらの職業に
就こうか?とは一切思わず。…なれるものならば農耕系の
第1次産業の方に興味はあるけど、浜の漁業権だの荒くれ者
ばかりの漁師だの、時化だの何だのは正直なところカンベン
して欲しいけど。
でも、サカナは好きだ。
東日本大震災があり。
私の中で東北との距離が縮まった。近くなった。
そして、東京から約600kmの距離を経たところに岩手県宮古市
がある。津波の被害が大きかった地域であり。でも、豊富な
海産物の恩恵にあずかってきた地域でもある。


「魚菜市場」なる地元で水揚げされた魚などを扱う市場の
魚が…実に良い。本当に、ワクワクするほど良い。秋には
サンマ、冬には鱈、毛ガニ…春には、そして夏にはまた別の
海産物で市場は賑わうのだろう。とにかく東京ではお目に
かかれない新鮮な海産物にお目にかかれる。
水族館の魚よりも胃袋にクるし。
お腹がグゥーーーーっと鳴ったら、市場で魚を味わうもよし、
地元の料理屋で新鮮な魚を味わうもまた良い。


「定食」として頼んだ「少しずつ食べられるセット」のはず
だけど、大人3人がシェアしてもじゅうぶんな量がある、
これで1人前と言う「磯定食」。とにかく海胆だの刺身だの
子持ちカレイの煮つけだの、勿論旬の毛ガニだの…あ、あと
ホヤだの…これでもか!ってぐらいの宮古の海産物が味わえる。
無粋を承知で値段を申さば…4,500円。
築地の場内で寿司を食べればそのぐらいの値段だろう。…量は
4倍ほどあるのが宮古(笑)。盛り方はもう雑だけど…それも
含めて宮古。
実は、先週、東北に行った際。
冬の宮古街道は凍結してるだろうなぁ〜と、岩手行くのは諦めて
いた。でも何となく盛岡までは北上出来そうだったので岩鋳なる
南部鉄器の工房とお店に行き。
…すき焼き鍋だの鉄瓶だの風鈴だのを買って…。いや密かに
工芸品好きでもあり(笑)。

そのまま南下して、宿をとった塩釜に戻ろうと思ったのだけど。
…宮古が呼んでた。いや、胃袋が宮古を欲した。「メシ、喰って
帰ろうぜ!」と。盛岡から宮古往復…冬の宮古街道なので…
所要時間片道2.5時間見当。
「5時間かけて宮古に行くとか、バカだよなぁ〜」と、
私をスキーに連れてっての台詞のような事をつぶやきつつ。
ニヤニヤしながら宮古に向かって。
海を見て、亡くなられた方のご冥福をお祈りして。
腹いっぱい魚喰って太って帰って来た。…5時間(盛岡往復)
かけて(笑)。
震災から1年。
「支援」だの「忘れない」だの「絆」だの、色々な言葉が飛び
かう。「心を一つに」だの何だの、今まで40数年生きて来て
他人様と心を一つにした記憶などほぼ無い身として、そんな
お題目の数々に従順に従うつもりも無ければ、出来もしない
自己犠牲を払い続けるつもりなど毛頭ない。ってか好きでも
無い事は出来ない自信もあるし。「やってやってる、来て
やってる」などと言う思いあがった気持ちがあるなら行かぬ
方が良いとも思ってる。
今、私を東北に向かわせる動機づけは、
「好きだから」の一点のみになっている。「サカナが好きだ」
と言う点、工芸品が、景色が、そして…津波に多くのものを
流されちゃったけど、前を向いて生きようとする人々の
いじさしさが…たまらなく好きだと言う点。
これしか無い。
良い事をしようとも、自分の歩みを誰かに認めてもらおうとも、
徒党を組んで何らかの活動を起こすつもりも毛頭ない。自分の
知識と経験を復興のために少しでも役立てよう!などと言う
高邁な姿勢も殆どない。
ただ、好きな事をやる。
でも、その中で忘れちゃならないのは、
多くの方が亡くなられ、今なお3千人以上の方が行方不明のまま
になってると言う被災地の現状であり。多くの方々が傷を抱えた
まま日々の暮らしを生きてらっしゃると言う事実であると。
それは忘れないように外さないように。
でも、そこに遠慮や配慮をしすぎないように。
バランスを図りつつ。
好きな事をやる。
震災後1年経った今。
我が東北との向き合い方はそんな感じ。
「あー、腹減ったな。サンマ喰いたいな。宮古のサンマ」って、
思い立っていきなりサンマを喰いに行ける…そんな感じで行きたいと
思ってます。はい。
将来の夢は?と聞かれ、小学校就学前は「薬屋さん(=病院で
出してもらえる甘いシロップ状の薬が好きだから)」、小学校
低学年の時は「タクシーの運転手(=クルマに乗るのが好きだ
から)」、小学校4年の頃の将来の夢には「漁師」と書いた。
…それなりに勉強はできる子供だった。であるからして小学校
4年にもなれば「第1次産業に従事する事はねぇだろうな」とは
思っていたけど、でも「夢」として魚と戯れたいと言うのは
あった。
色々経て、
現在に至る。薬屋さんでもタクシーの運転手でも漁師でも
無い職業に就いている。今、一念発起してそれらの職業に
就こうか?とは一切思わず。…なれるものならば農耕系の
第1次産業の方に興味はあるけど、浜の漁業権だの荒くれ者
ばかりの漁師だの、時化だの何だのは正直なところカンベン
して欲しいけど。
でも、サカナは好きだ。
東日本大震災があり。
私の中で東北との距離が縮まった。近くなった。
そして、東京から約600kmの距離を経たところに岩手県宮古市
がある。津波の被害が大きかった地域であり。でも、豊富な
海産物の恩恵にあずかってきた地域でもある。


「魚菜市場」なる地元で水揚げされた魚などを扱う市場の
魚が…実に良い。本当に、ワクワクするほど良い。秋には
サンマ、冬には鱈、毛ガニ…春には、そして夏にはまた別の
海産物で市場は賑わうのだろう。とにかく東京ではお目に
かかれない新鮮な海産物にお目にかかれる。
水族館の魚よりも胃袋にクるし。
お腹がグゥーーーーっと鳴ったら、市場で魚を味わうもよし、
地元の料理屋で新鮮な魚を味わうもまた良い。


「定食」として頼んだ「少しずつ食べられるセット」のはず
だけど、大人3人がシェアしてもじゅうぶんな量がある、
これで1人前と言う「磯定食」。とにかく海胆だの刺身だの
子持ちカレイの煮つけだの、勿論旬の毛ガニだの…あ、あと
ホヤだの…これでもか!ってぐらいの宮古の海産物が味わえる。
無粋を承知で値段を申さば…4,500円。
築地の場内で寿司を食べればそのぐらいの値段だろう。…量は
4倍ほどあるのが宮古(笑)。盛り方はもう雑だけど…それも
含めて宮古。
実は、先週、東北に行った際。
冬の宮古街道は凍結してるだろうなぁ〜と、岩手行くのは諦めて
いた。でも何となく盛岡までは北上出来そうだったので岩鋳なる
南部鉄器の工房とお店に行き。
…すき焼き鍋だの鉄瓶だの風鈴だのを買って…。いや密かに
工芸品好きでもあり(笑)。

そのまま南下して、宿をとった塩釜に戻ろうと思ったのだけど。
…宮古が呼んでた。いや、胃袋が宮古を欲した。「メシ、喰って
帰ろうぜ!」と。盛岡から宮古往復…冬の宮古街道なので…
所要時間片道2.5時間見当。
「5時間かけて宮古に行くとか、バカだよなぁ〜」と、
私をスキーに連れてっての台詞のような事をつぶやきつつ。
ニヤニヤしながら宮古に向かって。
海を見て、亡くなられた方のご冥福をお祈りして。
腹いっぱい魚喰って太って帰って来た。…5時間(盛岡往復)
かけて(笑)。
震災から1年。
「支援」だの「忘れない」だの「絆」だの、色々な言葉が飛び
かう。「心を一つに」だの何だの、今まで40数年生きて来て
他人様と心を一つにした記憶などほぼ無い身として、そんな
お題目の数々に従順に従うつもりも無ければ、出来もしない
自己犠牲を払い続けるつもりなど毛頭ない。ってか好きでも
無い事は出来ない自信もあるし。「やってやってる、来て
やってる」などと言う思いあがった気持ちがあるなら行かぬ
方が良いとも思ってる。
今、私を東北に向かわせる動機づけは、
「好きだから」の一点のみになっている。「サカナが好きだ」
と言う点、工芸品が、景色が、そして…津波に多くのものを
流されちゃったけど、前を向いて生きようとする人々の
いじさしさが…たまらなく好きだと言う点。
これしか無い。
良い事をしようとも、自分の歩みを誰かに認めてもらおうとも、
徒党を組んで何らかの活動を起こすつもりも毛頭ない。自分の
知識と経験を復興のために少しでも役立てよう!などと言う
高邁な姿勢も殆どない。
ただ、好きな事をやる。
でも、その中で忘れちゃならないのは、
多くの方が亡くなられ、今なお3千人以上の方が行方不明のまま
になってると言う被災地の現状であり。多くの方々が傷を抱えた
まま日々の暮らしを生きてらっしゃると言う事実であると。
それは忘れないように外さないように。
でも、そこに遠慮や配慮をしすぎないように。
バランスを図りつつ。
好きな事をやる。
震災後1年経った今。
我が東北との向き合い方はそんな感じ。
「あー、腹減ったな。サンマ喰いたいな。宮古のサンマ」って、
思い立っていきなりサンマを喰いに行ける…そんな感じで行きたいと
思ってます。はい。
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オスカーワイルド著 THE HAPPY PRINCE
邦題 「幸福の王子」。
最近この童話についてずっと考えている。
登場人物は、この世の中に起こる醜悪で悲しい出来事に心を
痛める黄金の王子の像と、そしてひょんな事で王子の像の
足元にたどりついたエジプトに渡る途中のツバメ。
そして王子の像のある街に暮らす人々。
王子は、その街に暮らす可哀想な人々のために自らの装飾品
をツバメに託して届け、その届けられたものを得た人々は、
もちろんその幸福を喜ぶのだけど…誰も王子とツバメのおかげ
である事は理解しない。
ツバメは渡り鳥であるがゆえ、
寒い冬にはエジプトに渡らねば凍死してしまう。
だから何度も王子に「エジプトに行かせてください」と懇願
するも王子は「もう一晩」と言う願いを繰り返し、エジプト
に行かせてくれない。
やがて、王子は両目のサファイアも街の人のために使って
しまう。両目のサファイアを取り出す事で王子は視力を失う。
自らを犠牲にして街の人々に尽くす王子に、ツバメは殉じる。
凍死する事を厭わず、王子のために街の人のために尽くす事
を決意する。
かつてはエジプトに渡る事を王子に希(こいねが)い、
街の人々に王子の善意を届ける事の素晴らしさを理解しつつ、
それでもエジプトに渡りたい気持ちが心の中にあり続けた
ツバメが、王子の献身に触れて自らも献身に殉じた。
そしてやがてツバメは死ぬ。
王子の手に、お別れのキスをして良いですか?と願い。
王子は、ツバメはエジプトに旅立つものと思い、お別れの
キスは手ではなく唇にして欲しい。なぜなら私はあなたを
愛しているからと告げる。
“It is not Egypt that I am going." said the Swallow.
“I am going to the House of Death.Death is the brother
of Sleep, is he not?”
「エジプトに行くんじゃないです。
死ぬんです。でも、死ぬって眠るのと同じようなものです
よね?」
…そう言ってツバメは王子の唇にキスをして、死んで王子の
足元に落ちる。残された王子は、体中の装飾品も、身体を
覆っていた金箔も全て無くなったみすぼらしい姿で、
そしてその身体の中にあった鉛の心臓が音を立てて割れて
しまう。
みすぼらしい王子の像と、そして足元のツバメの死骸を見て、
街の人は口々に罵る。そしてツバメの死骸は捨てて、王子の
像は溶鉱炉で溶かしてしまう。今まで尽くして来たこと、
街の人々のために命を削って行った様々な行為は…決して
人々から感謝される事は無い。
最後の最後には、「神」と言う概念が登場し、ツバメと王子
の心臓を尊いものとして神が評価するという…報いはあるの
だけど、王子の像の「死の瞬間」が心臓が割れた時であり、
そして王子の願いが「街の人々の幸福」だったとするならば、
「善行をしたツバメと、そして王子が神様に評価されたこと」
が最高のエンディングでも無いのでは無かろうか?
王子にとっての幸福は、自らの身を削って幸せを与えた街の
人々の幸福であり、そしてツバメがエジプトに旅立ち…
幸福に暮らす事だと思う。自分とツバメだけが神の祝福を
受ける事でも無いと思う。
一方でツバメからすれば、例え我が身を犠牲にしたとしても、
王子の善意を受け街の人々のために尽くし、そして死に際し
王子に「愛している」と言われた一点をして、ものすごく
幸福なエンディングだったのでは?と思う。
世の中には「行動」に対しての「評価」と言うものが存在し。
例えば地位名声、金品と言う分かりやすい評価指標が存在
するのも事実だと思う。「世の中に認められる=幸福」と
近しいのは、疑う余地は無いだろうし。
でも。
例えば死に瀕したツバメが、みすぼらしくなった王子の
像の唇に、最後のチカラを振り絞ってキスをした瞬間も、
この上ない幸福であるとも思う。
誰かに感謝されるとか、
世間の評価を得るとか。地位や名声が付いて来るとか。
…或いは「神様が見ている」と言うものすごく大きな概念
が無くても…ほんの一瞬の光彩で、人は幸福のうちに
生き、死ねるとも思う。
被災地を訪れるたびにいつも思う。
「こんな事をして何になる?時間もお金も、他の事に使えば
もっと楽しい生活を送れるのに」と、エジプトに行って
楽しく過ごす事ばかりが心にあって。でも王子の願いを断り
きれないツバメの心境に少し似たものを感じる。
その一方で、
東北の方が私を知らずとも、
私の中では“馴染み”と思える場所もでき、人々もできてきた。
遠巻きに眺めたりただの買い物客としての接触ぐらいしかなく。
「わざわざ東京から来てくれたの!」と言う感謝の言葉を
受ける訳でも無いけど。
そこで暮らす人々が元気でいてくれれば嬉しいし、元気な様子
や前に向かって進んでいる姿を感じられれば…本当に嬉しい。
世間一般の「幸福」の軸とは、多少ズレた「幸福」かも知れない
けど、東北に行く“だけ”で得られる幸福もあるし。それを求め
て今後も東北に行くんだろう。
それが我が「幸福のカタチ」なんだと思ってる。
邦題 「幸福の王子」。
最近この童話についてずっと考えている。
登場人物は、この世の中に起こる醜悪で悲しい出来事に心を
痛める黄金の王子の像と、そしてひょんな事で王子の像の
足元にたどりついたエジプトに渡る途中のツバメ。
そして王子の像のある街に暮らす人々。
王子は、その街に暮らす可哀想な人々のために自らの装飾品
をツバメに託して届け、その届けられたものを得た人々は、
もちろんその幸福を喜ぶのだけど…誰も王子とツバメのおかげ
である事は理解しない。
ツバメは渡り鳥であるがゆえ、
寒い冬にはエジプトに渡らねば凍死してしまう。
だから何度も王子に「エジプトに行かせてください」と懇願
するも王子は「もう一晩」と言う願いを繰り返し、エジプト
に行かせてくれない。
やがて、王子は両目のサファイアも街の人のために使って
しまう。両目のサファイアを取り出す事で王子は視力を失う。
自らを犠牲にして街の人々に尽くす王子に、ツバメは殉じる。
凍死する事を厭わず、王子のために街の人のために尽くす事
を決意する。
かつてはエジプトに渡る事を王子に希(こいねが)い、
街の人々に王子の善意を届ける事の素晴らしさを理解しつつ、
それでもエジプトに渡りたい気持ちが心の中にあり続けた
ツバメが、王子の献身に触れて自らも献身に殉じた。
そしてやがてツバメは死ぬ。
王子の手に、お別れのキスをして良いですか?と願い。
王子は、ツバメはエジプトに旅立つものと思い、お別れの
キスは手ではなく唇にして欲しい。なぜなら私はあなたを
愛しているからと告げる。
“It is not Egypt that I am going." said the Swallow.
“I am going to the House of Death.Death is the brother
of Sleep, is he not?”
「エジプトに行くんじゃないです。
死ぬんです。でも、死ぬって眠るのと同じようなものです
よね?」
…そう言ってツバメは王子の唇にキスをして、死んで王子の
足元に落ちる。残された王子は、体中の装飾品も、身体を
覆っていた金箔も全て無くなったみすぼらしい姿で、
そしてその身体の中にあった鉛の心臓が音を立てて割れて
しまう。
みすぼらしい王子の像と、そして足元のツバメの死骸を見て、
街の人は口々に罵る。そしてツバメの死骸は捨てて、王子の
像は溶鉱炉で溶かしてしまう。今まで尽くして来たこと、
街の人々のために命を削って行った様々な行為は…決して
人々から感謝される事は無い。
最後の最後には、「神」と言う概念が登場し、ツバメと王子
の心臓を尊いものとして神が評価するという…報いはあるの
だけど、王子の像の「死の瞬間」が心臓が割れた時であり、
そして王子の願いが「街の人々の幸福」だったとするならば、
「善行をしたツバメと、そして王子が神様に評価されたこと」
が最高のエンディングでも無いのでは無かろうか?
王子にとっての幸福は、自らの身を削って幸せを与えた街の
人々の幸福であり、そしてツバメがエジプトに旅立ち…
幸福に暮らす事だと思う。自分とツバメだけが神の祝福を
受ける事でも無いと思う。
一方でツバメからすれば、例え我が身を犠牲にしたとしても、
王子の善意を受け街の人々のために尽くし、そして死に際し
王子に「愛している」と言われた一点をして、ものすごく
幸福なエンディングだったのでは?と思う。
世の中には「行動」に対しての「評価」と言うものが存在し。
例えば地位名声、金品と言う分かりやすい評価指標が存在
するのも事実だと思う。「世の中に認められる=幸福」と
近しいのは、疑う余地は無いだろうし。
でも。
例えば死に瀕したツバメが、みすぼらしくなった王子の
像の唇に、最後のチカラを振り絞ってキスをした瞬間も、
この上ない幸福であるとも思う。
誰かに感謝されるとか、
世間の評価を得るとか。地位や名声が付いて来るとか。
…或いは「神様が見ている」と言うものすごく大きな概念
が無くても…ほんの一瞬の光彩で、人は幸福のうちに
生き、死ねるとも思う。
被災地を訪れるたびにいつも思う。
「こんな事をして何になる?時間もお金も、他の事に使えば
もっと楽しい生活を送れるのに」と、エジプトに行って
楽しく過ごす事ばかりが心にあって。でも王子の願いを断り
きれないツバメの心境に少し似たものを感じる。
その一方で、
東北の方が私を知らずとも、
私の中では“馴染み”と思える場所もでき、人々もできてきた。
遠巻きに眺めたりただの買い物客としての接触ぐらいしかなく。
「わざわざ東京から来てくれたの!」と言う感謝の言葉を
受ける訳でも無いけど。
そこで暮らす人々が元気でいてくれれば嬉しいし、元気な様子
や前に向かって進んでいる姿を感じられれば…本当に嬉しい。
世間一般の「幸福」の軸とは、多少ズレた「幸福」かも知れない
けど、東北に行く“だけ”で得られる幸福もあるし。それを求め
て今後も東北に行くんだろう。
それが我が「幸福のカタチ」なんだと思ってる。
新しい年になって随分経ちます(笑)。
何だか書きそびれて今まで来てしまいました。
今日、1月17日は17年前に「阪神淡路大震災」が起こった日です。
当時、関西にいた身として、あの時のことはよく覚えてます。
平日だったけど有給休暇を取得していたので明け方の大きな
地震で目が覚めて。でも、25歳と言うヤングな身としては幾ら
でも眠れたので2度寝して。
起きて遊びに行こうと最寄駅に行ったら電車など動いている
由もなく。あわてて家に帰ってテレビを見たら神戸の街が凄い
事になってました。
その後はもう、生活における不便さのみが気になって気になって。
25歳のヤングの身としては「人を助ける」と言う事だとか「チカ
ラを貸す」と言う事よりも満員電車が気になるとか、あるいは
テレビがツマンネーとかとか。
心にあったのはそんな事ばかりだった気がします。
今にして思うと随分と他人事だったなぁ〜と。
まぁそんな経験や記憶も含め、今の自分がいるんでしょう、たぶん。
過去に起こった事をやり直したりする事はできない反面、
過去を経て今ある自分がこの先に起こす行動は幾らでも選べる。
体験を通じ、様々な後悔や「たられば」があるからこそ、後悔の
無い選択とは何ぞや?その選択をするために、勇気だったり
胆力だったりが必要ならば、それを会得するために何をすべき
か?などなど。
目の前の時間の使い道として、
例えば17年前に25歳だった時に比べれば人生の残存時間は少なく、
恐らく体力やら何やらも落ちてるでしょうし…何より若さが
無くなればその分選択肢の幅は少なくなるとは思いますが。
その分、選んだものに対しての精度なり、或いは責任感なり
はより強固にして行かねばならんなぁ〜と。
新しい年を迎えるにあたり、そんな事を思ってました。
ってなわけで。
本年もよろしくお願いします。
ではでは。
何だか書きそびれて今まで来てしまいました。
今日、1月17日は17年前に「阪神淡路大震災」が起こった日です。
当時、関西にいた身として、あの時のことはよく覚えてます。
平日だったけど有給休暇を取得していたので明け方の大きな
地震で目が覚めて。でも、25歳と言うヤングな身としては幾ら
でも眠れたので2度寝して。
起きて遊びに行こうと最寄駅に行ったら電車など動いている
由もなく。あわてて家に帰ってテレビを見たら神戸の街が凄い
事になってました。
その後はもう、生活における不便さのみが気になって気になって。
25歳のヤングの身としては「人を助ける」と言う事だとか「チカ
ラを貸す」と言う事よりも満員電車が気になるとか、あるいは
テレビがツマンネーとかとか。
心にあったのはそんな事ばかりだった気がします。
今にして思うと随分と他人事だったなぁ〜と。
まぁそんな経験や記憶も含め、今の自分がいるんでしょう、たぶん。
過去に起こった事をやり直したりする事はできない反面、
過去を経て今ある自分がこの先に起こす行動は幾らでも選べる。
体験を通じ、様々な後悔や「たられば」があるからこそ、後悔の
無い選択とは何ぞや?その選択をするために、勇気だったり
胆力だったりが必要ならば、それを会得するために何をすべき
か?などなど。
目の前の時間の使い道として、
例えば17年前に25歳だった時に比べれば人生の残存時間は少なく、
恐らく体力やら何やらも落ちてるでしょうし…何より若さが
無くなればその分選択肢の幅は少なくなるとは思いますが。
その分、選んだものに対しての精度なり、或いは責任感なり
はより強固にして行かねばならんなぁ〜と。
新しい年を迎えるにあたり、そんな事を思ってました。
ってなわけで。
本年もよろしくお願いします。
ではでは。


