裏ドラ!

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ヴォーカリスト

最近、女性の歌っていた楽曲をカバーして「どや!顔」の人が
いらっしゃいますが…あまりのボーカル力の無さと言うか…その
楽曲への理解度の薄さと「ほっそい声」をレコーディング技術で
ごまかして「歌ってまっせ!声、高いでっしゃろ?」と言う感じ
が鼻について仕方が無い。

人様の楽曲を、多くの大衆の耳になじみのある曲ならばなおさら、
その楽曲の別軸の解釈を付与しつつ新たな側面を見出すと言うなら
意味があると思うけど、「男性ボーカリストの声が高いからカバー
する」と言う点において…正直「全く感心しない」し…多分、
あの人の歌唱能力については「特別上手くない」とすら思う。

じゃあ誰が凄い?と言う問いがあれば。

もう「ちあきなおみ!」と即答する。

この人の歌唱力は物凄い。歌唱力のみならず「表現力」が群を抜いて
いて、歌唱の強弱、声を出す絞る張るの調整が「物凄い」と感じるし、
例えば多くの歌手に楽曲を提供している中島みゆきの曲に対し「歌詞
に登場する人物のキャラクターや性格まで自分なりに解釈し、その
人物の人生まで感じさせるカタチで表現できる」のはちあきなおみ
だからこそだと思うし。

楽譜、それに乗せる歌詞。
そして楽曲としての演奏やらコーラスやら…色々なモノゴトの正しく
リードできるボーカリスト=ちあきなおみであると。

例えば「カスバの女」と言う楽曲に対して。
かなり古ーい曲であり。
アルジェリアの首都=アルジェの一つの地区=カスバに吹きだまるフラ
ンス人の悲哀を帯びた愛憎劇と言う…日本人にとっちゃ「カンケーねぇ
な?」と言う世界の歌であり。「赤い風車の踊り子=ムーランルージュ
の踊り子」と「カスバの女」の立場の差異など「知ったこっちゃない」
のだけど。

…ちあきなおみの歌唱を聴くと、その「赤い風車の踊り子」と現在の
ギャップ、そして、そんな落ちた身ですら外人部隊の兵士に抱いてしまう
恋心と言う…人としての「性(さが)」までが…イメージとして鮮明に
頭の中に思い浮かんでしまう。

勿論、外人部隊にいた事もカスバに行った事も無い。想像するだけの事
に過ぎないけど、その想像を確かなモノにする水先案内を…ちあきなおみ
のヴォーカルがしてくれる。

このヴォーカリストをリアルタイムで見た事が無い、
ライブに行けなかった事と言うのは…我が人生にとって大きな損失である
と思うし…例えば1曲×1万円で30曲歌うライブを開くと言う話があったと
すれば…それが近所の公民館であったとしても「絶対に行きたい!」と
すら思う。

↓カスバ女



冒頭の「なみだじゃー」のところが…私にはフランス語に聞こえます。
フランス語、喋れませんが(笑)。

ではでは。

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アックァボン…

JANE BIRKIN の 無造作紳士=L’AQUOIBONISTE が今週末、ずっと
アタマに鳴り響いているのはサラリーマンNEOのコント=「びしょ
びしょ秘書」の影響だろう(笑)。



NHKともあろう放送局が「びしょびしょ秘書」なるアダルトビデオの
タイトルのようなコントを放映するとはナニゴトか!!

…もっとやれ(笑)。

「びしょびしょの秘書は…嫌いですか?」

…考えた人は天才とは思わんけど、その言葉をクチに出せた勇気は
相当なモノがあると思う。

アックァボン…

上海帰りのリル

歌の世界ってのは限られた時間、限られた言葉でその世界に引き
込む必要があり、その引き込みがアマかったり冗長的だったりする
と歌の世界に入れない…つまり名曲たりえない訳で。

勿論歌い手の能力でその世界にグイっと引き込む人はいるにはいる。
ちあきなおみとか…その辺の能力は物凄いモノがあると思っており、
彼女が歌えば「帰って来たヨッパライ」でも「老人と子供のポルカ」
でも泣けるのでは?とすら思う(さすがにそれは無理だろうケド)。

「上海帰りのリル」と言う歌において。

設定の説明はそれほど無い。唐突に「船を見つめていた ハマの
キャバレーにいた 風の噂はリル 上海帰りの リルリル」から
入る。

ここらは推察するしか無い。

リル=女性の名前。
上海から日本に戻って来たリル。

帰って来たリルは、横浜のキャバレーで働いている、それを、恐らく
上海で縁のあった主人公が探し続ける…そのサマが歌われており。

主人公の男性、そしてリル。

2番の歌詞に「何も言わずに別れた瞳」とあるところを見るに…
一時は恋愛関係にあり、そして別離があった。でも主人公は風の
噂を頼りに探し続ける…。昭和26年に流行った曲。この世に生を受け
る18年前の曲。残念ながら当時の世相風俗、何も知らず、推察するに
朝鮮特需により戦後の空気が若干明るくなりはじめた頃なのかな?と
は思うもシベリアに抑留されたままの人、戦争で行方不明になった人
と言うのも遠い昔の話でもなく、戦争で愛する人を亡くした人も沢山
いたであろう時期の歌。

大きなチカラで、
イデオロギーの変革やら爆撃など、
現代の我々には想像すらつかない事象により引き離された人々ってのは
特に戦時中においては山ほどいただろう。

愛する子供を兵隊にとられるとか、
結婚を誓った男女が引き離されるとか、
そしてそれに異を唱えることが許されないとか…自由にモノを言っても
許される現代とはまったく違う時代があり。

その時代の波に翻弄された哀しい男女の恋歌=上海帰りのリルであると
言う理解をしている。

3番の冒頭の「海を渡ってきた ひとりぼっちで来た」と言う歌詞は、
恐らく主人公の想像だろう。上海より一人ぼっちで、心細さを抱えた
状態で長い長い航路を越えて日本に戻って来たと。そのリルを探して
いる主人公…。

状況理解が現代に暮らす自分にはほぼ理解できず、
恐らく自分の両親の世代よりもう一世代上の世代の方…つまりもう平均
寿命レベルの皆様の共感を得るであろう曲だと思うので、
この曲を聞いて「何かを感じる気になる」と言う事は…恐らく自分の
妄想に近いモノだと思いつつ。

理由は分からんが「上海帰りのリルの姿、そしてそれを探す男性の姿、
その心情」が分かるような気がすると。

短い歌、説明の多くない歌詞なれど。

謎の部位の多いものではあるけれど。

「分かる気がする曲=上海帰りのリル」と。

それこそこの楽曲の持つ「情念」なのでは?と思っている。

↓ご存知無い方のためのyoutube。
 便利な世の中になったものですネェ~。



※なぜ唐突に「上海帰りのリル」のアレを書いておるかと申さば
 「育成あがりの矢地」と言うフレーズを使った時に「上海帰り
 のリル」がアタマをよぎったからでアリマス。

このアレンジはっ!?



↑日曜の朝から「ナイスアレンジ!」と唸った1曲。
 中島みゆきの曲は色々アレンジされても、誰が歌っても、楽曲の
 良さがそれほど損なわれないと言う点は魅力的♪

 ちなみにアレンジは亀田誠治さんだそうですよ。
 なるほどね。

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