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裏ドラ!

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ただただ哀しい

18代目中村勘三郎丈が亡くなった。
近年の勘三郎丈は一身是病巣と言った感じで。ひとつの病気が
出てそれが快癒したらまた次の病気と言う印象が強く。

「食道癌」ならびに術後の経過等、世間に漏れ聞こえる情報
を総合的に鑑みても厳しい事は分かっていた。

でも、勘三郎丈ならばその厳しさを乗り越えて再び我らの前に
戻って来てくれるんじゃ無いか?と言った、希望以外の何物
でもない願望を胸に、「来年、新しくなった歌舞伎座の
舞台に勘三郎丈がいないなんてあり得ないだろう?だから
必ず戻って来る!」とそう信じ、念じていた。

残念ながらそれはかなわなかった。

今、勘三郎丈が残した数々の舞台、作品が「追悼」として
テレビで放送されている。金比羅歌舞伎の様子だったり若い頃
のものだったりコクーン歌舞伎だったり。私には勘三郎丈
の芸を云々できるほど多くの引き出しがある訳じゃないけど、
ひとつだけ他の歌舞伎役者さんと決定的に違う点を挙げると
すれば、勘三郎丈の舞台を見守る観客の表情は、勘三郎丈
の舞台の時のそれよりも遥かに豊かであるという点である。

大笑いし、大泣きし、「いい舞台を魅せてもらった!」と
言う幸せな気持ちに包まれて木戸をくぐって現実に戻って
行けるのが勘三郎丈の舞台であると。

NHKで金比羅歌舞伎の模様を放送していた番組を見た時にそう
感じた。客席との距離感の近さ、温度の伝達。でも、それで
いて客席に媚びている訳でもなく、距離が近くても確実に
存在する「こっちとあっち」と言う境界線。

その「境界線」が、練り上げた芸であり。
その芸を会得するために必死に重ねた努力なんだろう。

身内、内輪受けではない。近いけど遠い存在。それが勘三郎丈。
でも、遠いけど親しみやすい存在。それも勘三郎丈。

「歌舞伎なんてもんはね。
 むつかしい事は無いんだよ。見て楽しんでくれればそれで
 良いの!」

とでも言い放ち、お客さんに技を押し付けるのではなく、
お客さんが見たいと思ってる舞台をポーンと目の前で実現して
魅せてくれた役者さん…それが18代目中村勘三郎丈。

「歌舞伎って面白い!」って、心の底から感じられたのは
勘三郎丈がいたからだと思っている。そして、その勘三郎丈
が亡くなったのは、本当に私にとって「痛恨の極み」でもある。

ただ、歌舞伎の芸は継承されて行く。
18代目の演じた俊寛にせよ籠釣瓶の佐野次郎左衛門にせよ
…はたまた高坏の次郎冠者にせよ、18代目の父=17代目の
当たり役であったものを17代目が我が役にした訳で。

それはいずれ、18代目の後を継ぐ役者さんが自分のものと
して演じる事になるんだろう。いや、なってもらわねば
困る。

18代目の意思と、そして芸を…いずれ誰かが継承してくれる
事を心より願って。

今は勘三郎丈のご冥福を心よりお祈りしたい。

勘三郎丈の訃報に触れて仁左衛門丈が「彼は今、あの世で
名だたる名優さんたちと出会ってそこで演技ができると
言う喜びの中にいるんじゃないか?病からも解放されて
尊敬する先輩方に囲まれて、本当にルンルン気分だと
思う」と、瞳にいっぱい涙を貯めて…本当は心から喪失感
の一つでも言いたいのだろうけど、それをこらえて笑顔で
語ってらしたのが…凄く印象的だった。
それは恐らく勘三郎丈の望むところでもあるんだろう。
したり顔で悼んでもらうよりも「上手く逝きやがって!
羨ましいなぁ」と言ってもらった方が嬉しいだろうと。

そう思う。

だから、
これ以上の泣き言は言うまい。
彼の残してくれた数々の舞台を胸に。

その芸を、またいつか見られる日を信じて。

最後にひとこと…「未来で!」

合掌

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籠釣瓶

土曜日に「野球ばっかり見ていると(自粛)になる!」と(笑)。
そもそも2011年は野球はソコソコに、天に星、地に花、人に歌声と
言う生活を送ろう!と思っていたはずであり。それがペナントが開幕
すると野球きちがいですか?おめでたいですな?状態だったので。

極力、野球は観戦すれども生にこだわる必要も無い!と言う事で。

そんな訳で、新橋演舞場の夜の部で、吉右衛門丈が佐野次郎左衛門を
演じる「籠釣瓶花街酔醒」を見てきた。時節柄に配慮してか?八ツ橋
に愛想づかしをされて、「佐野に帰ります」と言うところでハイ、終了
であり。前段として、いかに妖刀村正=籠釣瓶を次郎左衛門が手に入れ
たか?とか、後はなぜあぁも醜いあばた面になったのか?などなどの
描写があった。これが無いといきなり籠釣瓶が良く斬れる事への唐突
感があるわな?と、密かに思っていたので、前回、勘三郎丈が次郎左衛門
を演じた時と今回みたものをあわせ、腹にすとーんと落ちた気がする。

で、感想としては…。
前回のが歌舞伎座のさよなら公演の時に見たそれだったので、配役が半端
無く良かったのと、後は新橋演舞場がどうにも広すぎて「何を仰っておら
れますか?」と言う、聞き取りにくい箇所が結構あったので。

脇役が主役級だったとか、
八ツ橋が玉三郎、栄之丞をニザ様と言った「そりゃ反則だろうぜ!」と
言う配役と比べれば…明らかに遜色があったけど(笑)、勘三郎丈の次郎
左衛門の方がキャラが明るい感じがするのに対し、吉右衛門丈の次郎左衛門
は…物凄く気遣いの人であり、八ツ橋に愛想づかしをされている時にも何とか
関係を修復しようと努力したり、後は、勘三郎丈の次郎左衛門は栄之丞の存在
を「悟った」のに対し、吉右衛門丈の次郎左衛門は栄之丞の存在は八ツ橋本人
から聞かされると言う…何だかもう「踏んだり蹴ったり」であり。

見ていて可哀想になってしまった。

でも、九重さん(八ツ橋に次ぐナンバー2の花魁?)が次郎左衛門に羽織を
そっとかけてあげる場面に漂う哀愁と愛情がハンパ無く、九重には恐らく真
の愛情があるだろうに…なぜその後に百人斬りに及ぶのか?と思っていたら
拍子木がなって…ハイ、終了!!

…終わりですか?そうですか。

ちょっとビックリした(笑)。

「花魁、そりゃあんまりつれなかろうぜ」の見得と、「籠釣瓶は、よく斬れる
なぁ~」を楽しみにしていた分、ビックリはしたけど、でもまぁ「可哀想な
人」で終わらせるのも手ではあると。クレイジーになって恥をかかせた八ツ橋
はじめ皆の衆を斬り殺す嫉妬の鬼よりも、九重の愛情を背に受けて、吉原と
言う夢の世界から現実の世界に帰って行く姿で終わる方が、まぁどっちにして
も後味は悪い演目なんだけど(笑)、未来はまだ残されておるよなぁ~と。

そんな事を感じました。

だから、これはこれでアリと。

ちょっと残念だったのが前半戦が「あまり気乗りしていない印象」があり。
播磨屋さん、セリフがビミョウに出てきておりませんな?と言う、後半にグっと
パワーを取っておいているのは分かるけど、ちょいと手抜き感があったかなぁ
~と。

そう思いました。でも、好きな演目・好きな役者さんなので…そりゃ面白いの
は間違いないし、密かに肩を震わせて泣いていたりもしたので(笑)。

ではでは。

ガッカリ感

海老蔵の記者会見における「殊勝な発言と自分は常識人であり被
害者であると言う態度」には、本当にガッカリした。ガッカリ
度合いで申さば、海老蔵が我が嫁のために、カメラクルーを連れて
ベトナムにルビーを掘りに行って、ルビーを掘り当ててネックレス
にして結婚式の際のサプライズにすると言う…“チンケな演出”
を見た時と同じ“ガッカリ感”であり(苦笑)。

所詮、海老蔵など「隠しきれないアホ」でしか無いので、生中継
などでアホを晒すような行為は慎むべきであると思うし、歌舞伎
役者など、「世間一般の常識」とは隔離された世界で生きている
稀有な存在であり。

その中でも頂点に君臨する「市川宗家」の跡取り息子な訳で。

マスコミだの衆愚だのに迎合する必要が“何処にありますか?”
と。歌舞伎を見に来るでも無いカンケー無いピープルなどうっち
ゃっておけば良くて、歌舞伎を愛するピープルにとっては、成田
家の親子が「ド下手糞なお飾り」である事は周知の事実であり、
でも、その名前がある事でカタチが整うと言う…「お!豪華な
演目だね!」と思える「歌舞伎十八番」の主役を成田屋が演じる
事で、それ以外の配役に上手かったり綺麗だったりする役者さん
が出られる訳で。

歌舞伎の演目など、正直「どーでも良いもの」が結構あったりす
る中、歌舞伎座のさよなら公演の大トリの演目が助六と言う…
歌舞伎十八番の中の一つであったように、物凄く大掛かりで緊張感
のある演目とか、歌舞伎の素晴らしさを感じられるモノがあり。
その舞台に必要な存在が市川団十郎と言う名前であったりする。

ほぼ世襲制で名前を継承する世界において、市川海老蔵と言う名前
は非常に大きい。だって次の団十郎である訳で。その団十郎を継承
する前に、懸案の「下手糞さの是正」…についてはちょっと置いて
おいて(笑)。いや、問題は下手糞さにあるとも思えず、「器が極
めて小さい」と言うところにある気がする。

今回の「事件」とて…酔った上での誰それにカラみ酒をしてボッコ
ボコに殴られたと言う“だけ”の事であり。南座の舞台に穴を空け
たと言っても、団十郎ではなく海老蔵ならばその穴はまだ誰かが
埋める事は出来る訳で。

…で、無くて…問題が発生した際の「対処能力」へのガッカリ感が
非常に強く。各所から噴出している海老蔵への不平不満こそ、海老
蔵が今まで意識・無意識のうちに繰り返してきた足跡であり。昨日
の会見など「そんなのは全て都市伝説」とでも言わんばかりの殊勝
な物言いであり(苦笑)。

となると酒の席でカラまれたと言った赤星の言った事は嘘か?とか、
海老蔵が保身に走れば走るほど、今回の事件の言い訳なり「やって
ない!」と言えば言うほど…「嘘つけ!」と言う気分になる訳で。

その嘘を真実(まこと)にするほどの威風が、今の海老蔵にある訳
ではなく、海老蔵の自宅周辺の繁華街の飲食店の多くで出入り禁止
になっているように、「酒の席での不行状」は連綿と繰り返して
来た落ち度であり。要は「またやらかした!」と言う“だけ”の
事をして…大げさかつ神妙に振舞うな!と。

被害者ヅラをして神妙に会見して、都合の悪い事は記憶に無く、
都合の良い事はキチンと説明し、元暴走族と聞いた時には怖いと
思ったなどと言うベビーフェイスな事を言う必要が何処にあるのか?
と。

酒を飲んで喧嘩しただの、闇雲に他人に喧嘩を売って歩くなど…
同じ会社に勤務していたらイヤだけど(笑)、歌舞伎の世界を背負
って立つ存在ならば、「芸の肥やし」にすれば良いと思う。

ってか伝統芸能である歌舞伎など、歴史はあるかも知れないけど、
別に「品行方正を是として存続する芸ではない」と思うし、人間
国宝である坂田藤十郎丈など、ジイさんのくせにアッチの方はお盛
んだったりする訳で(因みに嫁さんは扇千景)。

それも含めて「芸」と言いきれるように、海老蔵と言うモラトリアム
期間である今は、器を大きくする時期であると思う。嫁のために
ベトナムにルビーを発掘に行くなどと言う…チンケな事をしている
時でも、そんなチンケな行為を美談として衆目に晒している時でも
無く。手前が売った喧嘩がキッカケで、フルボッコにされてステテコ
姿で敗走した挙句に、嫁が救急車ではなくパトカーを呼んだでござる
と言う「格好のネタ」をして…奇跡的に風貌が著しく損傷するでも
無かった“強運”があるのであれば…私が海老蔵ならば壇上に「おーい
お茶」と灰皿を乗せて、「ちょっと喉が渇くので失礼します!」と、
灰皿になみなみと「おーいお茶」を注いでガブ飲みして「で?質問は
何でしたっけ?」などと答えてみる。

さらに、「質問のある人は、会社名・お名前と、年収を言ってから
質問してください」と言う掴みもあればカンペキであると(笑)。

それが「傾く(かぶく)」って事じゃ無いのか?と。

荒事の家系ならば「見事に傾いてみせろ!」と言う格好の機会で、両親
だの嫁だの関係各位だのへの迷惑を詫びるとか(苦笑)。器が小さくて
イヤになってしまう。

民間人を殴って怪我をさせた訳でも無く、一応「被害者」である以上、
そして南座にはニザ様とラブリンと言う、素晴らしい代役の方が舞台
に立ってくれた以上、それほど憂うことなどある訳でも無いだろうし。

ならば「海老蔵、オモシレーっ!」って会見をしてくれたら良かった
のに…何ともガッカリする会見で、朝の番組で質疑応答を見ていて
あまりのツマらなさに2度寝しそうになってしまった。

第一、嫁のためにルビーをって(以下無限ループ)…

ではでは。

歌舞伎の件、解決

先般の歌舞伎の件。

釈然としないモノがあったので、歌舞伎に関する造詣が深くNHK
で歌舞伎の番組制作やら何やらに携わっていらした「お師匠様」
に聞いてみた。…色々と教えていただいた貴重な人脈に、先般
のブログの記事のような事をぶつけてみて…。

結論としては「私の了見が狭い」と言う事が分かった。

なるほど。

その舞台単体に限ればそれはそうなのだろう。

が、歌舞伎はその場だけのモノでは無く、歌舞伎座もそうだったが
それ以上に歌舞伎役者、そしてその“名前”には意味があると。
実力主義の世界ではなく要は“血筋”が重要であると。連綿と継承
された名前、その血筋を愛でると言う側面も、歌舞伎にはある訳で。

父から譲られたその名前と言うものを汚すも高めるもその人物の力量
であり、確かに「あの父子は下手糞(断言)」だけど、下手糞とか
そんなモノに囚われて大きなモノを見落とすアンタは素人。

「助六」なんて演目に「辻褄」や「演技力」を要求しているあたり
アンタの経験が足りず、“名前”で得た役柄を否定しているのであれ
ば歌舞伎の何たるかを理解しているとは思え無い。

「下手糞」も含めて「楽しむ」のが歌舞伎。

徳川将軍が15人、全て英邁だったか?…いーや、全く。
ほぼアホばっかりだった訳で。アホばっかりがアタマに立っても将軍家
と言うモノは250年維持され続けた事=歌舞伎の世界にも言えると。

力量が「武家の頭領に相応しい=将軍」なのではなく、「将軍=武家の
頭領」であると。そこに権威を見出せたからこそ徳川の太平はあったよう
なモノで、家柄や血筋に優劣があり、それはいかに技量を研鑽しようが
家柄や血筋が劣る役者には叶わないと。

アタリマエの事をして批判しているアンタは素人であり。

「いよっ!今日も下手だね♪」と思って楽しめば良い話で…
 下手でも出来る演目=助六でしょ?」って。

アンタだの何だのとは言われなかったけど(笑)、
意味としてはそんな感じだったと。権威を認められんヤツは見ずとも良い
と…ピシャっと言われた気がしました。

…いや、別に見るのは止め無いですが…
「好きな役者さんの演目に絞って見る!」と言う事は徹底しよう!と心に
誓った次第です(笑)。

しかし「家柄とか血筋の大きさ」って…凄いんですね。感心しました。

そんなトコで。

歌舞伎座ラスト

歌舞伎座


歌舞伎座がいよいよ改修工事に入る!とて。
「さよなら公演」として何度「さよなら」をするのか?
 
 ・中日ドラゴンズの連日の試合(4月16日時点)
 ・オフコースのヒット曲
 ・淀川長治

さよなら連発と申さば思う事はこんなトコであり(笑)。
今回のチケットは、ぶっちゃけそう簡単にゲットできない。ってか
1万5千円のチケットを転売すれば結構な値段で売れる。売れるが…
「売らないよ!だって見るんだもん!」と言う事で行ってきました
歌舞伎座に。

花道


夜の部。
演目は「実録先代萩」。この続きが「伽羅先代萩」になるそうだ。
カンタンに申さば「老人と子供のポルカ」である。老人と子供2人
に高麗屋が加わったお遊びである。フガフガしていたのと子供がよく
頑張った。殿様じゃない方の子供の桂三枝の「いらっしゃーい!」の
ようなポーズが可愛かった(笑)。

ハイ、「実録先代萩」は以上!…短かっ!!

で…派手な演目…「助六」。
口上に海老蔵、助六=主役に團十郎、花魁揚巻に玉三郎、敵役に左團次、
助六兄に菊五郎、チンピラAにニザ様、うどん屋Aに三津五郎、股くぐり
その3に勘三郎と…何と言う豪華且つ「ニザ様、チンピラて!」とか、
「家元、赤褌の岡持ち役て!」とか「カンザ、股くぐりその3て!」と
言う…そんな豪華さを楽しむ演目。

花道


勿論上手い。
皆上手い。

が。

ヒトコト、良いかしら?

「オマエ、主役て!!」。

エエ、コレが言いたい。

「オマエのモゴモゴした発声、竿立ちのその姿、声量が安定しない点、
長セリフの時の“何か読んでおるのか?”と言うようなプルプルした言い
まわし…女性が皆惚れると言うその設定に対しての“カバの親玉”のよう
なその姿…などなど」。

父子ともども…「下手くそ」と思っていた。
が、十八番の演目であり「これが出来ねば始まらんだろう?」と言うモノで
あり…脇が豪華であるからこそ…もう少しキチンとしたモノになると思った
が…「奴さんの下手さ」を再認識して帰って来た。

最高級のフレンチレストランに行き、メインディッシュに出て来たのが
ココイチのカレーか?と(涙)。

助六ってのはとにかく女性にモテる男であり。そのモテ要素ってのは男っぷり
の良さであり喧嘩の強さやら、でも、心に秘めたモノを持って探し続ける
モノがある男の持つ「哀愁」であり。

その辺を身体全体で表現できてこその助六だろうに。

花道におる傘持ったオッサンは…どこぞの学芸会の人か?と(苦笑)。

このところ、結構な頻度で歌舞伎を見た。歌舞伎座で見た。割と豪華な演者さん
による豪華な演目であり、引き出しの少ない私には「をー凄い!」で終了と
言うモノばかりであり。

間違っても「下手くそ!」と思う事は無かった。
「間延びした話だな?」と思う事はあっても「下手くそ!」と思う事はまぁ
無かった。

今日の「助六」は…ハッキリ言ってこう思った。

「下手くそ!」と。

それをカバーする玉三郎、ニザ様、家元、何よりシラーーーーーーーーーーっと
した客席を思い切り温めてくれて「歌舞伎座さよなら!」と言う気持ちを言葉に
してくれた「股くぐり3のカンザ」…などなど。

誰が助六をやっても…そりゃ美醜と言う点において「色男」でなければならない
助六は演者を選ぶと思いつつ、今日見た助六のオジサンよりははるかにマシな
モノが出来るだろう?と。

正直、驚いた。

役者さんの使い方の豪華さに対して「メインがソレか?」と言う。

結構な「ガッカリ具合」を感じて帰ってきました。

勿論チケット代を損したとは思わず、團十郎と言う名前の大きさはあるのでしょ
うが…個人的には…非常に「不満の残る助六」であったのは残念でした。

むーーーん。
歌舞伎座が終わる事も残念だけど。

2月の籠釣瓶が非常に良かっただけに…今回の助六は…残念至極。

そんなトコです。


花道

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