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裏ドラ!

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4月大歌舞伎、チケット入手

何となく「ゲット!」と言うのが場違いな気がするものなので
「入手」と書いてみる。

歌舞伎に縁の深い会社より、「日付指定でご用意できますが、
チケット代はミッチリ頂戴しますがいかが?」と言う。平素
ならば初日近辺にタダでご招待いただけるところを今回は日付
していの有償斡旋と言うオファーを頂戴するあたり、「物凄い
人気なのね?」と言う事を実感しており。

案の定、歌舞伎座の4月大歌舞伎については全日ソールドアウト
と言う…そりゃ「あの歌舞伎座」だし「その最後の演目」だから
誰もが観たいわなぁ~と。

ってな訳で、1枚1万5千円のチケット2枚を自腹で(当然!)入手
し、手元に届いた今、ありがたみを噛み締めておるところでご
ざいます。

全国の、何万と言う歌舞伎ファンの皆様が、行きたくて行きたくて
仕方ないであろう公演に、しかも歌舞伎座の建物に思い入れのある
方にとっては「この建物とのお別れ」と言う惜別の気持ちもあろう
と思うと。

とても「重み」のあるチケットであると。

私の母方の祖父(故人)が…明治時代の人間の分際で中々の洒落
者であり、母親が東京の学校に通っていた折、歌舞伎見物に東京
に来て、母のアパートのあった目黒に立ち寄って、目黒駅前の
トンカツ屋=とんきで食事をすると言うのが楽しみであったらしく。

洒落者を引き継いだかどうかは分からんけど(笑)、
孫である私も歌舞伎を愛し、そして「とんき」のある目黒に在住
しておったりして。「とんき」のトンカツも美味しくいただいたり
する日々。衣がポロっと剥がれるところ、白木のカウンター、注文
をキチンと覚えているところ…などなど、基本的に昔と変わらぬ
形態を「とんき」も残しているそうで。

今の歌舞伎座の建物の竣工は1950年だそうだ。
祖父が娘である我が母親の様子を見に東京に来て、「いや、ナニ。
歌舞伎見物のついでに寄っただけだから」などと言う、何とも不器用
な事を言っていたであろう頃は…10年と少ししか経過していない綺麗
な歌舞伎座だったんだろうなぁ~などなど。

多くの人が脚を運び、歌舞伎を堪能し、「難しい」と言ってグッスリ
寝たりなんだりしながら(笑)、人々を楽しませて来た歌舞伎座の建物
が立替えられる。

以前、歌舞伎座と言う建物が生まれ変わる事について、松本幸四郎丈が
どのように感じてらっしゃるのか?インタビューをさせていただいた事
があった。

「ボクは、松竹の大谷会長にも申し上げた事があるんですが、“建物が
変わる事なんて、そんな事はどうでも良い”と。でも、そこで何かを
演じる者の“気持ち”がそれを受けていただく皆様の心に“届く・響く、
そんな場所であって欲しい”って…ヒトコトだけ注文をつけた事があり
ましてね。そうしたら大谷会長が、その時は何も仰らずににこやかに
聞いていただいてたんですが…後で人づてに聞いたら心の中で“高麗屋
っ!!”って。大きな声で叫んでいてくれたそうです(笑)。」と。

“オフレコですよ!”と言いながら話してくれたのはもう随分前の話
だからシレっとブログに書いておる訳ですが(笑)。

確かに、どこで演じようが「歌舞伎役者が演じれば…それは歌舞伎」
なんだろう。歌舞伎座だからどうのこうのと言う事でも無く、あの老朽化
した建造物への愛着などを感じ続けるのも…多くの人に歌舞伎を楽しんで
もらうと言う点においては“枷(かせ)”になるだろうし。

…でも、恐らく長野の田舎から出てきた祖父は、
銀座の歌舞伎座の前に立った時、自分が都会人になったような気分になった
だろうし文化人になったような…そんな誇らしい気分だったんだろうなぁ~
と。切符を買ってこの建物に入る俺って、ちょいとイカしてないかい?って
感じで(笑)。

ジイちゃんはもう死んじゃってるから、
孫の俺がジイちゃんの分も…歌舞伎座で歌舞伎を見てきてあげよう。

…性格的に…團十郎が好きかどうかはビミョウだけど(笑)、「アイツはいつ
まで経っても下手だな?」などとツウぶった事を言う態度については…孫の
俺に確実に受け継がれている自信があるから(笑)。

どうせ助六を観た後に、たいして分かりもしてないのに…「團十郎じゃ無ければ
もっと良かったんだけどなぁ~…エエ、播磨屋とか」などと言う(笑)…憎まれ
口を叩く予感をプンプン感じながら。

いざ、歌舞伎座へ。

行かれる皆様。
行かれない人、あの世にイっちゃってる人の分も(笑)、
楽しんで参りましょうぞ。

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