裏ドラ!

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

ただただ哀しい

18代目中村勘三郎丈が亡くなった。
近年の勘三郎丈は一身是病巣と言った感じで。ひとつの病気が
出てそれが快癒したらまた次の病気と言う印象が強く。

「食道癌」ならびに術後の経過等、世間に漏れ聞こえる情報
を総合的に鑑みても厳しい事は分かっていた。

でも、勘三郎丈ならばその厳しさを乗り越えて再び我らの前に
戻って来てくれるんじゃ無いか?と言った、希望以外の何物
でもない願望を胸に、「来年、新しくなった歌舞伎座の
舞台に勘三郎丈がいないなんてあり得ないだろう?だから
必ず戻って来る!」とそう信じ、念じていた。

残念ながらそれはかなわなかった。

今、勘三郎丈が残した数々の舞台、作品が「追悼」として
テレビで放送されている。金比羅歌舞伎の様子だったり若い頃
のものだったりコクーン歌舞伎だったり。私には勘三郎丈
の芸を云々できるほど多くの引き出しがある訳じゃないけど、
ひとつだけ他の歌舞伎役者さんと決定的に違う点を挙げると
すれば、勘三郎丈の舞台を見守る観客の表情は、勘三郎丈
の舞台の時のそれよりも遥かに豊かであるという点である。

大笑いし、大泣きし、「いい舞台を魅せてもらった!」と
言う幸せな気持ちに包まれて木戸をくぐって現実に戻って
行けるのが勘三郎丈の舞台であると。

NHKで金比羅歌舞伎の模様を放送していた番組を見た時にそう
感じた。客席との距離感の近さ、温度の伝達。でも、それで
いて客席に媚びている訳でもなく、距離が近くても確実に
存在する「こっちとあっち」と言う境界線。

その「境界線」が、練り上げた芸であり。
その芸を会得するために必死に重ねた努力なんだろう。

身内、内輪受けではない。近いけど遠い存在。それが勘三郎丈。
でも、遠いけど親しみやすい存在。それも勘三郎丈。

「歌舞伎なんてもんはね。
 むつかしい事は無いんだよ。見て楽しんでくれればそれで
 良いの!」

とでも言い放ち、お客さんに技を押し付けるのではなく、
お客さんが見たいと思ってる舞台をポーンと目の前で実現して
魅せてくれた役者さん…それが18代目中村勘三郎丈。

「歌舞伎って面白い!」って、心の底から感じられたのは
勘三郎丈がいたからだと思っている。そして、その勘三郎丈
が亡くなったのは、本当に私にとって「痛恨の極み」でもある。

ただ、歌舞伎の芸は継承されて行く。
18代目の演じた俊寛にせよ籠釣瓶の佐野次郎左衛門にせよ
…はたまた高坏の次郎冠者にせよ、18代目の父=17代目の
当たり役であったものを17代目が我が役にした訳で。

それはいずれ、18代目の後を継ぐ役者さんが自分のものと
して演じる事になるんだろう。いや、なってもらわねば
困る。

18代目の意思と、そして芸を…いずれ誰かが継承してくれる
事を心より願って。

今は勘三郎丈のご冥福を心よりお祈りしたい。

勘三郎丈の訃報に触れて仁左衛門丈が「彼は今、あの世で
名だたる名優さんたちと出会ってそこで演技ができると
言う喜びの中にいるんじゃないか?病からも解放されて
尊敬する先輩方に囲まれて、本当にルンルン気分だと
思う」と、瞳にいっぱい涙を貯めて…本当は心から喪失感
の一つでも言いたいのだろうけど、それをこらえて笑顔で
語ってらしたのが…凄く印象的だった。
それは恐らく勘三郎丈の望むところでもあるんだろう。
したり顔で悼んでもらうよりも「上手く逝きやがって!
羨ましいなぁ」と言ってもらった方が嬉しいだろうと。

そう思う。

だから、
これ以上の泣き言は言うまい。
彼の残してくれた数々の舞台を胸に。

その芸を、またいつか見られる日を信じて。

最後にひとこと…「未来で!」

合掌

スポンサーサイト

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。